琵琶湖線  ぐるり一周の旅  南草津駅 急発展する京阪神のベッドタウン

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南草津駅 急発展する京阪神のベッドタウン

東海道に沿う街村や広大な田畑が展開されていた
草津市野路地区。
その広い田畑を利用して草津市が南部新都心構想を提案。
この地域では組合施行の土地区画整理事業により
都市基盤整備の推進、大学誘致なども含めた新しい街づくりが進んだ。
そうして草津市郊外に琵琶湖線の新駅が誕生した。
南草津駅の誕生である。






開設までの経緯
1980年(昭和55年):南部副都心構想発表(第2次草津市総合計画)
1986年(昭和61年):草津市南部新駅設置期成同盟会結成
1990年(平成2年):第3次草津市総合計画発表
この計画に立命館大学の誘致が盛り込まれる。
立命館大学(職員含めて15,000人)へのメインアクセスを野路新駅とし、
早期に駅を整備していく必要性を説いている。
1992年(平成4年7月):東部土地区画整理組合の設立 
(平成14年3月換地完了に伴い組合解散)
1994年(平成6年4月): 立命館大学BKC開学
同年9月: 南草津駅開業
1999年(平成11年10月):草津市野路西部土地区画整理組合設立
(事業終了予定平成22年度)
なお、この経緯から駅計画時は仮称「野路駅」と呼ばれていた。
開業に当たって、名称を「立命館大学前」
「野路立命館」などとする運動もあったが大学による請願駅ではなく
周囲に企業工場等も多いなどの理由で実現しなかった。


1994年(平成6年)9月4日 - 開業。
2003年(平成15年)11月1日 - ICカードICOCA供用開始。
2007年(平成19年)5月24日 - 西口と東口を結ぶ地下市道が完成。



2007年現在の乗車人員は1日平均20,620人。
この数字は、滋賀県内では草津、石山に次いで3番目の多さである。
JR西日本管内でも50番目というから鉄道輸送において
有数の重要拠点であることがわかる。
そんな南草津ではあるが、開業当時の駅周辺は
休耕田が広がっているにすぎない目立たぬ駅だった。
しかしその後急速に開発が進み、まず東側の区画整理が完成。
湖面側にあたる西側も遺跡調査のため整地が遅れていたが
2007年に区画整理がおおむね終了。
駅前広場も整備され駅周辺には高層住宅の建設が目立つ。
また立命館大学びわこ・くさつキャンパス(BKC)の開校とその後の拡大や
周辺に存在する工場の拡張などにより乗降客数は増加している。




駅の急激な発展に合わせて新快速停車の要望が高まり
2007年11月19日には草津市、草津商工会議所、学校法人立命館、
松下電器産業株式会社松下ホームアプライアンスが4者連名で
南草津駅への新快速電車の停車と
京都止まりとなっている普通電車の草津までの延長を
西日本旅客鉄道株式会社に対し請願している。
さらに2008年3月には新快速停車を公約に掲げた
橋川渉が市長に当選している。







しかしJRは新快速の米原や長浜への速達を
優先していることなどから
この嘆願は今日にいたるまで実現していない。
南草津より利用者が多くても新快速が
停車しない駅もある。
2つ隣の石山より利用者が増えれば停車するのではという
声もあるがあくまでも噂の域を出ない。



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